06.24
2020 CD
2020 CD
マシュー・ロー、6/24 Pops Album『LOST2』&7/22 Classic Album『Mélangé』 1st Digital Albumリリース!
Portable Sunshine
Want Money
(Can‘t) Take This
Last Song セキュリティソフト「ノートン」 WEB CM曲
Shine
Love Me
まだ見ぬ人へ(piano solo) 民間放送教育協会「日本のチカラ」エンディングテーマ(18年10月〜19年3月)
Ain't a Love Song
Matthew Law『LOST2』ライナーノーツ
<文・村尾泰郎>
シンガー・ソングライター、といっても様々なタイプがいるが、マシュー・ローはかなり珍しいケースかもしれない。彼はシンガー・ソングライターとしてデビューする前に、クラシックのピアニストとしてキャリアをスタートさせていた。子供の頃にクラシックを学んでいたミュージシャンは珍しくないが、マシューはクラシックとポップスのフィールドを自由に行き来しながら活動を続けているのだ。イギリス人の父親と日本人の母親を両親に持ち、日本で生まれたマシューは、4歳の頃からクラシック・ピアノを学び、パリ国立高等音楽院のピアノ科に留学。そこを首席で卒業すると、ヨーロッパ各地でリサイタルを成功させて気鋭のピアニストとして注目を集めてきた。その一方で、歌うことにも強く惹かれてきたマシューが「歌」に出会ったのは、小学4年生の頃だった。その時のことを、彼はこんな風に振り返る。
「子供の頃はクラシック以外の音楽は知らなかったんです。小学4年生でアバの『Greatest Hits』を聴いて感銘を受け、その後はピアノのレッスンの帰りにCDショップに寄っては、いろんな音楽を視聴して聴き漁る日々が始まりました」
子供の頃、ピアノの練習が嫌いだったマシューは、自分で見つけた新しい音楽に魅了された。そして、レッスンの疲れを忘れるほどCDショップで音楽を聴きまくり、小学6年の頃から自分でも曲を書くようになる。そんなポップスへの情熱は、ピアニストとしてデビューしてからも消えることはなかった。クラシックの世界で活躍するかたわら、2019年12月に配信シングル「Want Money/Last Song」をリリースしてシンガー・ソングライターとしてデビュー。そして、今年2月に「Portable Sunshine」、3月に「Shine」をリリースして、ついにファースト・アルバム『LOST2』を完成させた。
クラシック出身のシンガー・ソングライター、と聞くと、叙情的なメロディーや室内楽的なサウンドをイメージするが、マシューの歌を聴いて感じるのは生々しいエモーションだ。ロック、R&B、ジャズなど、ポップスのエッセンスがソングライティングにしっかりと息づいているのは、子供の頃からクラシックと平行して聴き続けた多彩な音楽が彼の血となり肉となっているからだろう。
「影響を受けたアーティストは時期によって変わりますが、無駄を排除してピュアな想いの原石をそのまま伝えるという意味では、ビートルズなどの往年のアーティストに影響を受けていると思います。あと、アデルの『21』はハートブレイクを純度/質の高い状態で作品にできる、と気付いた大きなきっかけでした」
これまでマシューは日記を書くように毎日曲を書いていてきたが、そうやって書きためた曲をもとに本作が生まれた。そのため歌詞は個人的な内容のことを歌ったものが多く、歌詞が英語なのは「英語の方が自分の気持ちを正直に表現できるから」だとか。自分の内面を伝えるための音楽、という点はクラシックと大きく違うところであり、それもまたマシューがポップスに惹かれた理由でもあるのかもしれない。そこでシンガー・ソングライターとしてのマシューが大切にしているのは、研ぎ澄まされたシンプルさだ。
「このアルバムの収録曲のメロディーや歌詞に関しては、自分の感情の核をいかに捉えて言語化/音楽化するかです。いかに余分な部分を削ぎ落とすか、ということを常に考えていました」というマシュー。そこには文学に詳しい父親が彼に言った「一番刺さるものは余分なものを削ったシンプルなものだ」という言葉が影響しているという。アルバム収録曲には、ピアノの弾き語りもあればストリングスが加わった曲もあるが、どの曲も骨格はシンプル。心地よい緊張感に貫かれていて、マシューの人柄が伝わってくるような真っ直ぐで澄んだサウンドだ。
そんななかで印象的なのが、力強いグルーヴが曲に息づいていること。オープニング曲「Portable Sunshine」のピアノとドラムの掛け合いが生み出すダンサブルな躍動感。続く「Want Money」では、ストンプ、ハンドクラップ、パーカッションが細やかにビートを刻み、そこにエレピが加わってファンキーなグルーヴを生み出していく。マシューによるとこの曲は「ソフトウェアシンセのエレピの音色が気に入って、興奮して弾きまくっているうちにできた曲」で、デモでストンプを録音した際は家で靴を何足も履き替え、クラップも手袋をしたり色々な音色を重ねて作り上げたとか。その時の音は本作のヴァージョンにも残されていて、ユニークなサウンドを生み出している。サザン・ソウルの香りが漂う「 (Can’t) Take This」も堂々たるものだ。 そして、こうしたR&Bやソウル・ミュージックからの影響がスウィートに昇華されたのが、Asuがピアノを除くすべてのインストとアレンジを手掛けた美しいバラード「Love Me」だ。この曲はフランスにいる頃に書かれたもので「プライドを捨てて、一瞬とても純粋な気持ちに立ち返った際に書いた曲」。マシューはデモ音源にAsuが施したアレンジが気に入り、「そこにリッチなヴォーカル・ハーモニーを入れたくて、Asuさんがアレンジしたものに加えて付け足した」そうだが、マシューのソウルフルなファルセット・ヴォイスが胸を打つ。
また、クラシック・ギターとチェロをフィーチャーした「Shine」は、マシューのルーツであるクラシックからの影響を感じさせる曲。ここでギターを弾いているクラシック・ギタリスト、徳永真一郎はマシューの友人で、徳永が弾くギターの音色を意識しながら曲を書いた。「行き詰まっている人たちに向けて書いた曲で〈救い〉がテーマ。5歳のちっちゃい迷子の子供に語りかけているようなイメージで曲を書きました」と振り返るが、穏やかな優しさに満ちた曲だ。唯一のインスト曲「まだ見ぬ人へ」にも同じような温もりを感じさせるが、マシューによると「春の木漏れ日を散歩しながら、これから未来に出会う素敵な人へ思いを馳せている曲」。まるでピアノが歌っているようなこの曲は、マシューのピアニストとしての魅力をじっくり味わえる。一方、ピアノの弾き語りで歌われる「Last Song」は、ある辛い出来事から生まれた。
「パリにいる頃、忘れようとしていた人にばったり出会った日の深夜から朝にかけて作りました。明日からは自分は新しく立ち上がる、けれど今夜までだけはあなたのことを考えさせてほしい、という曲です。デモも同じ時に録音したのですが、想いが溢れて上手く歌えず、お酒を飲みながらやっとの思いで録りました」
マシューは「このアルバムに収録されている曲の大部分は、自分にとって大事だった一人の人との関係を綴ったもの」と告白するが、だからこそ、こんなにエモーショナルな作品なのかもしれない。アルバムはショーロクラブの沢田穣治がコントラバスで参加してアレンジも手がけた「Ain’t a Love Song」で幕を閉じるが、マシューのゴスペルのように力強く気高い歌声が深い余韻を残す。時にパワフルに、時に繊細に歌いあげる表情豊かなヴォーカルもマシューの武器のひとつ。マシューはヴォイストレーニングや専門教育を受けたことはなく、独自にスタイルを生み出していったが、中学3年まで合唱団でソプラノを歌っていたことがファルッセット・ヴォイスの下地になった。「声に痛みを伴っていたり、声質が刺さるシンガーが好き」というマシュー。お気に入りのシンガーを訊ねると、アデル、ルイス・アームストロング、エラ・フィッツジェラルド、フランク・シナトラ、ノラ・ジョーンズ、エリカ・バドゥ、ビョーク、FKAツイッグス、矢野顕子など、ジャンルを超えて様々な名前が飛び出した。
『LOST2』は全8曲30分というコンパクトなアルバムだが、そこにはシンプルさと純度を大事にするマシューの美意識が貫かれている。意味深なアルバム・タイトルについて訊ねるとこんな答えが返ってきた。
「〈LOST〉というのは〈失くした〉という意味で、この〈LOST〉にはいくつもの意味がこめられています。そして、〈2〉という数字にもいくつもの意味が込められている。この多層的な意味を持つアルバム・タイトルについてはあまり説明したくないので、いろいろ想像しながら聴いてもらえたら、と思っています」
イギリスと日本の血を引いていること。クラシックとポップスの分野で活動していることなど、マシューは様々な文化をミクスチャーした多層的な存在だ。しかし、同時に唯一無二の個性を持ったアーティストでもある。そんなマシューが等身大の自分を刻み込んだ『LOST2』は、眩いほどの原石の輝きに満ちたアルバムだ。
カプースチン:トッカティーナ 「8つの演奏会エチュード」より
ドビュッシー :アラベスク第1番&第2番 「2つのアラベスク」より
ドビュッシー:アナカプリの丘、西風の見たもの、沈める寺 「前奏曲第1巻」より第5曲
バルトーク:ソナタ 第1番
メシアン:喜びの精霊の眼差し〜「幼子イエスに注ぐ20の眼差し」より
ドビュッシー:月の光「ベルガマスク組曲」より
世界最高峰の音大を首席で卒業した実力派クラシックピアニストが、自らの感情を生々しい筆致で描き、中性的な透明感のある声で歌う。英国POPSに影響を受けたソングライティングセンスが輝きを放つ新感覚のPOPS音楽。
19年12月にデビュー曲「Want Money」を配信リリースし、今年に入り2月・3月と連続で配信シングルをリリース。ほぼノンプロモーションながらApple Music と Spotify で各種プレイリストにピックアップされ、音源としての評価と共に徐々に再生数が増加。
輝かしいクラシックピアニストのキャリアを持ちながらシンガーソングライターとしてデビューしたマシュー・ローは、12歳から曲を書き始め、ピアノと向かい合っては日記のようにひそやかに綴り、曲を書きためていた。ピアニストとして壁を乗り越えてきた傍らにはいつも“歌”があり、いつしか表現方法の1つへと昇華していった。英語詞でありながら、楽曲にこめられた感情の深みへと一気に引きずりこまれる繊細な心の揺れ動きが、音符のひとつひとつに共鳴する。喜びや悲しみ、満たされない感情を生々しいまでに描き出す。
今作では配信済みの4曲に加え、新曲3曲と、TVタイアップのついたピアノソロ曲を収録した8曲入りアルバムとして配信。録音クオリティーの評価も高く、ハイレゾ配信も解禁。
また、クラシックアルバム『Mélangé(メランジェ)』も7月に配信。ドビュッシーを中心としたマシューの得意とするリリカルで歌心溢れるピアノを聴かせる。Mélangéはフランス語で“ミックスしたもの”という意味を持ち、日本とイギリスの血を引き、POPSとクラシックを行き来し、フランスものを基点として様々な作風の曲が入っているクラシックのアルバムとなった今作を象徴するタイトル。
シンガーとして感じたばかりの恋の痛みを楽曲に託し歌うことも、かつてドビュッシーが描いた悲しみや喜びをピアノの鍵盤を通じて伝えることも、どちらもマシュー自身の音楽である。